「京都TOMORROW」 第2号は、「京の町並みを考える」という特集でした。発行は1988年(昭和63)12月。当時は、バブル時代で、潤沢な資金を背景に大都市の再開発の動きが活発になり、所有する土地や金融資産を運用して大きな収益をあげる企業が続出しました。未公開株にまつわる大事件が起きたのもこの年でした。1988年6月に発覚したリクルート事件は、政官を揺るがす大スキャンダルとなり、逮捕者が続出しました。

こうした時代背景の中、「京都TOMORROW」編集部は、京都の町並みの問題に注目。当時の特集を組んだ意図と、現在の京都の町並みについて、「京都TOMORROW」編集委員(当時)の折田泰宏さんが解説します。

創刊号は、言わば挨拶的なものでこの小誌の目指すものを分かっていただくことを目的としたが、2号からはいよいよテーマを決めて刊行していくことになった。

最初に取り上げたのが、京都の町並みの問題である。景観と言わず、京町家とも言わず、「町並み」としたところに意味がある。京都の都市部の良さは、周辺の自然も含めた景観という大きな概念では捉えきれず、さりとて町家という個々の建物の良さだけではない。碁盤状に拡がる個々の街路から南北に見通した家並みの眺めの良さが重要なのである。

この2号が出た1988年(平成元年)はバブルの頂点から下りかけた時期であるが、京都の町並みの破壊は始まっていた。具体的な象徴として鉾町にマンション建設計画が持ち上がった話を取り上げた。また伝統産業を維持してきた西陣の衰退の状況も取り上げた。忠臣蔵で有名な一力亭の女将のインタビューでは、花街文化の変遷と衰退を語ってもらった。

京都の町並み破壊はその後も進行し、小誌においても何度か特集を組むことになる。

本号では、留学中に母国韓国でスパイとして逮捕され、以後17年の監獄生活を送ってこの年の5月に釈放されて実家の京都に戻って来られた徐俊植さんのインタビュー記事が出色である。当時はお兄さんの徐勝さんは未だ無期懲役で投獄されており、その後徐勝さんは釈放されて京都に戻り立命館大学で教鞭を取られ、韓国での共通の友人がいることから親しくお付き合いさせていただくことになった。

「京都TOMORROW」編集委員(当時) 折田泰宏

表紙をクリックすると、全ページへ