徳島県那賀町の森林と河川が荒廃の危機にある。この問題でウオッチドッグ記者は7月5日、初めて那賀町を訪れた。那賀町議会議員の重陵加さんの案内で、那賀川にある複数のダムや、ダムの影響で積もった堆砂を掘り返し、下流の河岸へ運び込んでいる実態を見た。
なぜ、ウオッチドッグ記者がこの町を取材することになったのかは、「森と水№1」の記事で取り上げた。続けて「森と水№2」の記事では、那賀川中流の長安口(ながやすぐち)ダム近くの河岸に巨大な砂山の置き土ができあがっている光景を伝えた。
寒暖の気候が育てる特産「木頭柚子」
ウオッチドッグ記者は7月5日、那賀川を上流に向かって視察した。日中は日差しが強く、じわりと暑さを感じたが、那賀町木頭地区での夜は、気持ちよい風が吹いた。エアコンのない部屋でも窓を開けるだけでぐっすり眠れた。山鳥や虫の鳴き声で、清々しい朝を迎えた。
ここの特産品は木頭柚子だ。柚子は寒すぎたら育たないので、生産量の全国1位(高知県)、2位(徳島県)、3位(愛媛県)を、四国地方が占めている。寒暖差がある地域なのでよく育つ。
ウオッチドッグ記者は東北出身なので、柚子が食卓に並ぶことはほとんどなかった。木頭地区では料理や飲み物に柚子を用いる。何でも柚子、柚子、柚子。当初は少々面食らったが、どの柚子料理も暑さを吹き飛ばしてくれる。清涼感をもたらし、食材を引き立てる。柚子の力を初めて知った。
すっかり木頭柚子の虜になったウオッチドッグ記者は、後日、名産品の成り立ちを調べたら、NHKアーカイブスの動画を見つけた。木頭柚子を今のような名産品に育てた人物の軌跡が取り上げられていた。

NHKアーカイブスでは、要明幸さんが「木頭柚子の生みの親」と紹介している。(後日、重さんから聞いた話によると、木頭柚子の発祥に尽くした人物については諸説あるという。)
下流の河岸だけでなく、上流森林の谷底へ土砂を捨てる
柚子を使った料理に大満足のウオッチドッグ記者は、翌7月6日の午前中、重さんの案内で森と水№1の記事で取り上げた高ノ瀬峡の皆伐現場(地図⑧)を視察した。その後、黒野田の土捨て場(地図⑦)に向かった。
「置き土は、実は長安口ダム周辺だけではないんです。山の方に向かいましょう」と重さんが運転しながら説明をしてくれた。
長安口周辺ではダムの堆砂を取り除き、ダンプカーで河岸に捨て、巨大な砂山の置き場ができ上がっていた。しかし、他にも土砂が積み上げられた所があった。

※上記地図は、重さんが渡してくれた視察用の地図(全箇所は周ることはできなかった)
重さんの地図上①の長安口ダムから、地図上⑦の黒野田まで、西へ西へと山道を車で約50分かかる。那賀川の本流から少し南に下ったところだ。黒野田はかつては谷底だったが、土捨て場に変わっていた。まるで学校のグラウンドのように土や砂で真っ平らになっている。
「これは何だ?」ウオッチドッグ記者は、黒野田と呼ばれる場所を遠景から見ても理解ができなかった。
「この土捨て場の土砂も年々増えてこのような状況です。ここがいっぱいになったので、下流の長安口ダムの方や他の場所に土砂を捨てているんですよ」と重さんが説明する。
「ここが谷底だった」という説明を聞いても、目の前に広がるのは砂地のグラウンド。谷底だったかつての面影はない。
土砂で谷底がなくなった


森林の姿を変える環境破壊
重さんから受け取った調査資料によると、黒野田の土捨て場は四国電力が管理しているという。土砂搬入によってできた土地の活用が模索され、一部は株式会社「きとうむら」により、太陽光発電に利用されている。株式会社「黄金の村」が柚子の農地として活用を検討していた。しかし、土地の賃借料が高く、柚子畑用の土の搬入が必要で、実がなり始めるのが最低でも5~6年後かかるため、進出を断念した経緯があるという。
かつて谷底だった黒野田の土地は、木頭の名産品の柚子を植樹することもなく、ただただ砂のままでほとんど活用できない状態が続いている。あまりにもひどい環境破壊と言える。
那賀町は自然豊かな山林地区だが、増え続ける土砂により、今後もあちらこちらで谷底が埋められる恐れがある。
次に重さんから「本来の川の姿も見てください」と案内されたのは、那賀町木頭地区にある蝉谷(せみたに)(地図上⑤近く)に向かう途中の山林の川だった。
(次号につづく)
