11月13日の大津市議会の特別会議で、自民党系の湖誠会と親和会の一部市議らは、越直美市長の悲願だった、公民館をコミュニュセンターにする条例案に賛成した。最大会派の湖誠会と親和会の市議らは、越市長の“引退の花道”をお膳立てするため、今後のまちづくりの方向性を決める重要な条例を利用した。

9月4日付の京都新聞によると、湖誠会と親和会の市議20人が8月末に、現市政の転換を目指して、自民党の滋賀県議、佐藤健司氏へ立候補の要請をした。

9月19日の定例記者会見で、越市長は次の市長選について、毎日新聞の記者から問われると、「私の出馬意向、進退については決めていません」と答えた。

しかし、11月15日付の中日新聞によると、越市長を後押ししていた旧民主系会派の「市民ネット21」は、8月下旬に越市長本人から不出馬の意向を伝えられたという。しかも、「(11月)13日に新条例案を可決するまでは、退任について周囲に伝えないでほしいと言われ、立候補選びが難しかった」と報道している。

2つの記事を照合すると、越市長が不出馬を伝えたのは、旧民主系の市民ネット21だけでなく、自民党系の湖誠会にも伝えたのではないか。これまで、越市長は、どこの会派より先に、湖誠会の竹内照夫市議へ、重要な話を伝えていた経緯もある。どういう形かは定かでないが、湖誠会にも伝えられ、「それならば、佐藤県議へ打診しよう」という流れになったのだろう。

そして、親和会幹部らは、元々は湖誠会の面々。分派したが、結局は、一蓮托生で、親和会幹部にも、その情報はすぐ伝わったとのではないか。越市長が出馬しないということを聞き、また、最大会派の2つが擁立を支援するということで、佐藤県議は安心して、市長選へ出馬する意向を表明したという流れかもしれない。

10月3日付の滋賀報知新聞は、「コミセン条例案が可決されることで、越氏の花道にしたいなら、越氏が出馬しないという担保を示すべきだ」という話が親和会の内部で出たという話を記事にしていた。9月19日の定例記者会見で、越市長は既に、進退を決めていたにもかかわらず、公表しなかった。ギリギリまで進退を公表しないことで、市議らに揺さぶりをかけたといえる。

市民にとって、今後のまちづくりの重要な条例を、越市長だけでなく、大津市議会の議員らは、政治の道具にした。市民の反対の声が大きいのに、越市長はコミュニティセンター条例案を何としてでも通したい。実現するなら2期で身を引いてもよい。一方、湖誠会や親和会は、越市政には嫌気が差しているが、次の選挙に出ないなら、条例の1つぐらいは賛成してもよい。そうして双方の妥協が成立した—。そんな構図が見えてくる。

市議会にコミュニティセンター条例案を提出し、可決成立した後、越市長は晴れやかな姿で記者会見に臨んだ。「公約は実現できた」と胸を張る様子を市政クラブの記者に書いてもらった。

実は、越市長は公約の一部を実現しただけで、多くの問題はほったらかしだ。例えば、コミュニティセンター条例によって、公民館のコミセン化は、地域に丸投げされた形となり、混乱が予想される。「公約を実現した」「全身全霊尽くした」という自画自賛の言葉は、本人の自己満足でしかない。14日の記者会見では、「自分を政治家だと思ったことはない」と述べた。いじめ問題などで「市民に寄り添う」と繰り返したのは、何だったのか。市民に選ばれた政治家として寄り添ったのではないのか。「政治家」ではないから、責任は取らなくてよいということなのか。

最大会派の湖誠会(自民党)の市議らは、次の選挙のためにコミセン条例を政治的に利用し、越市長に“引退の花道”をお膳立てした。越市長も多数派の市議も、市民のことなど眼中にない。市民不在の茶番劇が繰り広げられた。

任期満了に伴う大津市長選(来年1月12日告示、19日投開票)に、滋賀県議の佐藤健司氏(46)が立候補する意向を固めたことが4日、分かった。大津市議会の二つの最大会派「湖誠会」「新和会」所属の自民党などの市議20人が8月末、現市政の転換を目指して佐藤氏に立候補を要請していた。

9月4日付の京都新聞
↓9月19日の定例記者会見

新和会では「仮に市はコミセン条例案が可決されることで、越氏の花道にしたいなら、越氏が出馬しないという担保を示すべき」との意見が相次いだ。

10月3日付・滋賀報知新聞

20人の大津市議は誰?/佐藤県議への市長選出馬の要請で/ウオッチ市議会№10