中日新聞の編集局は、元看護助手の西山美香さんの冤罪事件で、過去の調査報道をまとめた冊子を作りあげました。取材班は、刑事司法の病理に迫る難しいテーマを果敢に粘り強く追及しました。編集協力は、西山美香さんを支える会と、日本国民救援会滋賀県本部、井戸謙一法律事務所。

タイトルは「無実の訴え12年、殺していません」「西山美香さんの手紙」

中日新聞の大津支局の1人の記者が、西山さんの350通の手紙を読みこむことから取材が始まりました。1人の記者の「おかしい」という気づきから、仲間の記者らが一緒に取り組み、追及を始めました。

問い合わせ先

過去の報道中心に編集している『連載「西山美香さんの手紙」(全44頁)』は、お近くの中日新聞の販売店で購入できます。定価400円(税込)。
問い合わせは、中日新聞の大津支局(📞077-523-3388)または、中日新聞の本社(📞052-201-8811)まで。

中日新聞取材班は、様々な司法の専門家や冤罪被害者らの声を取材していました。ウオッチドッグでは、大津支局の記者たちの頑張りに敬意を表し、冊子の記事を抜粋しながら紹介します。冤罪を作りだす組織の思考や体質に迫った調査報道です。

無実の訴え12年「私は殺ろしていません」/彼女だけが別証言/刑事に特別な感情

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自白を第一の証拠に、有罪とされる事件は数多い。逮捕後二十日余の取り調べでの自白を裁判で否認しても、無罪になる例は少ない。


では、ここにある無実の訴えを獄中から十二年間書き続けてきた三百五十余通の手紙をどうとらえるべきか。もはや一顧だに値しないのか。そんなはずはない。
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(2017年5月14日 角雄記記者)

強要されたうそ 自白の「自発性」疑問/窮地の同僚かばう/自滅して出た言葉

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これを判決は「極めて高い自発性がある」と決め付けるが、そうなのだろうか。「アラームが鳴った」という誤ったことを半ば暴力的に言わされ、強要され続けてきた「うそ」を前提にした自白は「自発性」を論じるに値するのか。夜も眠れないほど悩み、取調室で自滅していくように出た言葉を「自ら供述した」と額面通りには受け取れない。
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(2017年5月21日 角雄記記者)

「発達」「知能」検査「無防備な少女」に再審を/自白に障害影響か/筋書きに乗って?

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大人でさえ判断を誤りかねない状況に、もし「パニックになりやすい傾向のある子ども」が置かれたら…。知的障害を伴う発達障害は「パニック状態で判断能力を失い、自暴自棄になりやすい」と小出医師は言う。だとすれば、うその「自白」が何をもたらすかの想像力を欠く「無防備な少女」が捜査機関の筋書きに乗せられ、その「うそ」を根拠に裁かれた可能性がありはしないか。
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彼女の障害は決して「まれ」ではない。同じ困難に苦しむ人は誰の隣人にもいる。一刻も早い再審を求めたい。

(2017年5月28日 角雄記記者)

初動捜査「筋書き」優先で取り調べ/威嚇し供述求める/「殺した」と口走る

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見込み捜査は暴走を続け、捜査本部に加わった三十代(当時)のA刑事が患者死亡の約一年後、ついに西山さんに「アラームが鳴った」と言わせた。こわおもてと優しい顔を使い分ける巧みな尋問に、彼女は「この人なら信用できると思い/気にいるようなことを言ったりしてしまいました」(獄中日記)
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(2017年7月9日 井本拓志記者)

計画殺人/障害あるのに完全犯罪?/1人だけ機能知る?/衝撃的“告白”加わる

人口呼吸器を付けた患者を、アラーム音を鳴らさずにチューブを外し、窒息死させるー。そんな手口があるとは、恐らく医師や看護師でもすぐに思い付かないだろう。なのに、捜査当局は、資格もない雑務が中心の二十三歳の看護助手が、自供なくしてわかり得なかった「完全犯罪」を単独でやってのけた、と主張し、裁判所も追認した。
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(2017年7月16日 井本拓志記者)

迎合性「信頼できる人」の言うがまま/面会で刑事が誘導/同房者にも盲従か

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西山さんはA刑事に好意を寄せ、それが盲目的な信頼に変わっていった。「こんなこと」とは、A刑事に書かされたという「検事さんへ」という上申書(2004年9月)。逮捕後の拘留中、上申書を書かされた経緯を、両親に宛てた手紙でこう説明している。

「面会にAさんが来てくれて 今まで通り認めていたら大丈夫やから心配しないでいいと言われて 弁護士さんには殺ろ(原文まま)していないと言っていると言うと検事さんあてに『私が否認しても それは 私の本当の気持ちじゃなく弁護士さんに言われました』と紙に書けと言われ書いてしまいました。
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(2017年7月23日 井本拓志記者)

再現ビデオ 刑事が指導 完璧に演技/気づかぬはずがない/手順をよどみなく

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誘導されやすい彼女の供述以外に客観的な証拠も証言もない、これほど不完全な「完全犯罪のストーリー」がなぜ、認められてしまったのか。

私たちは、警察が彼女に実演させた犯行の再現ビデオに注目している。再審弁護団の主任弁護人、井戸謙一弁護士が言う。「あれを最初に見たときは、私も驚いた。彼女は学芸会のように、A刑事に褒めてもらいたい一心で演じたのではないか」
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(2017年7月30日 角雄記記者)

仕事の悩み こぼした愚痴「犯行動機」に/刑事の調べ 楽しみに/アメとムチ使い手玉

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計画的な殺人を成立させる“犯行動機”を意のままに引き出そうと、二人の刑事がアメとムチ役を分担し、A刑事がほろりとさせる人情派を演じているにすぎない。普通の大人のように人を疑うことができない彼女を手玉に取るのは簡単だったろう。

A刑事に語った彼女の愚痴は、殺人罪で起訴した検察の冒頭陳述に「犯行動機」として、ちりばめられた。
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(2017年8月6日 角雄記記者)

偽情報 見抜けず、翻弄される/通常は病死が多い/怒り募らせる遺族

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遺族は「真相を明らかにしてほしい」と再三、警察に要望。鑑定医が「窒息死」としたことで病死の可能性は精査されず、捜査は“事件ありき”で突き進んでしまった。

ただ、そうだとしてもS看護師のうそを責められはしまい。“事件”の容疑者にされる恐ろしさは、想像を絶するものだ。誰かを陥れようとしたわけでもない。問われるべきは、客観的な事実の積み重ねを軽視し、供述や自白に翻弄された捜査の手法にある。
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(2017年8月13日 角雄記記者)

死体は語る 「私なら病死と鑑定」/管はつながっていた/再審査請求で最大争点

ロングセラーとなった著書「死体は語る(1989年)」の中で、元東京都監察医務委員長の上野正彦さん(88)はこう説いている。

「生きている人の言葉にはうそがある。しかし、もの言わぬ死体は決してうそは言わない。丹念に検死をし、解剖することによって、なぜ死に至ったかを、死体自らが語ってくれる。その死者の声を聞くのが、監察医の仕事である」。その信念は、約二万体の検視・解剖に従事し、なお一線で活躍する豊富な経験値から導き出された、法医学者としての矜持でもある。

上野さんは、被害者とされる入院患者のTさん=死亡時(72)=の司法解剖鑑定書に目を通すと「私なら“窒息”とは書かないねぇ」と死因に疑問を呈した。
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(2017年8月20日 角雄記記者)

自白のみで有罪 「憲法違反」許されぬ/口を開けハグハグ/指紋も提出されず

憲法三八条三項にはこうある。
「何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない」

今回の再審請求で弁護人は物証がないこの事件を憲法違反の疑いがある、とも指摘している。

では、裁判所は何をもって西山美香さん(37)を有罪と認定したのか。一審大津地裁の判決文は捜査段階の供述が「極めて詳細かつ具体的」と指摘した上で、こう述べる。「とりわけ被害者の死に至る様子は実際にその場にいた者しか語られない迫真性に富んでいる」。供述調書には、患者Tさんが死亡する場面が彼女の言葉として劇画チックに語られている。
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(2017年8月27日 井本拓志記者)

2人の祖母 私の無実信じてくれた/落胆の両親を説得/にげたらあかん/配慮欠く取り調べ、尋問横行

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2004年7月に美香さんが逮捕されたとき、警察は「本人が自白している」と発表。うちひしがれる両親に対し、特に父方の祖母は「美香はそんなことができる子やない。親が信じてやらんと誰が信じてやるねん」と説いた。面会を重ねるうち輝男さんは「娘がわけがわからないまま、警察のいいように自白させられたことがわかってきた」という。
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(2017年12月10日 泰融記者)

冤罪「同じ刑事に脅された」/「やっただろう」連呼/「人ごとじゃない」

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脅しと懐柔。アメとムチ。密室の取調室で、パンチパーマのこわおもて刑事を前にした場面を想像してみてほしい。少年や発達・知的障害のある供述弱者でなくても、いかに逃れるのが困難か。実際にやってもいない窃盗を自白され、冤罪で逮捕された被害者がいる。

西山美香さん(37)の逮捕から十一ヶ月後の2005年6月、会社員の男性(50)=滋賀県=は仕事を終え、いつものように気晴らしでパチンコ店にいた。
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(2017年12月17日 成田嵩憲記者)

次ページでは、一審から第二次再審までに関わった24人の裁判官が、なぜ矛盾を見逃したのか【24人の裁判官】シリーズから、記事を抜粋しました。司法の問題を赤裸々に迫る、取材班の記者らの執念が感じられる内容となっています。

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