なぜ、冤罪事件が見逃されたのか。中日新聞の【24人の裁判官】シリーズから、記事を抜粋しました。

【24人の裁判官】(1)有罪視 もはや “職業病”/鑑定書の矛盾見逃す/検察と違う筋書きを

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法廷に潜む「冤罪を生み出すメカニズム」。その最たるものとして「自白編重」に警笛を鳴らすのは元裁判官たちだ。

刑事裁判で三十以上もの無罪判決を出し、すべて確定させた実績のある木谷秋元裁判官(80)は「検察官の作文で、迫真性とか言ってはいけない」と一、二審とも供述調書の信用性に「迫真性」を挙げている点を問題視する。
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(2018年9月2日 角雄記記者)

【24人の裁判官】(2) “受け身”の審理、ミス招く/誤りが争点にならず/検察寄りの職権主義

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木谷さんは「裁判官がどこまで真剣に検討したか疑問だ」と話し、「職権主義は本来は被告人をカバーする方向でなされるべきだが、裁判所は往々にして検事をカバーする職権主義を用いる」と嘆く。

矛盾した判決文のために、二十代前半からの十二年を刑務所で過ごすことになった西山さんを思うと、鑑定書を見比べれば分かる程度の“事実誤認”を気付かなかった」では済ますことはできない。「事実」に誤りがないか、を精査する基本がおざなりになっているのなら、三審制の意味はない。裁判官には形式論よりも、真実を見抜く基本的な姿勢に立ち返ってもらいたい。

(2018年9月9日 角雄記記者)

【 24人の裁判官】(3) 最高裁に冤罪生む土壌/否認主張 排斥ありき/反省や判決研究怠る

必死で「殺していません」と無実を訴える西山美香さん(38)に、ほとんど耳を貸さない裁判官。呼吸器事件の裁判記録を読むと、そんな法廷の様子が浮かび上がる。
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ある弁護士が、司法修習生時代に指導役の裁判官が法廷の舞台裏で言い放った「忘れられないひと言」を私に打ち明けた。

「裁判官が『弁護士からまた変な主張が来たよー。さあどうやって排斥(=退けること)しようかな』と言っているのを聞いて、びっくりした」

実は、この裁判官は呼吸器事件の一審の審理に関わっていた。“暴言”は判決が出た年とも重なる。どの事件についての発言なのかわからないが、「要は、弁護士の否認主張は排斥が前提で、耳を貸すつもりが全くない。これが裁判官の本音なのかと。今でも強く記憶に残っている」と、まだ若かった弁護士をがくぜんとさせた。

最初に判決を下す地裁の裁判長に「変な人」が常に数人いるということなのか。そうとも言えない事例が最高裁にもある。
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(2018年9月16日 角雄記記者)

【24人の裁判官】(4) 専門家の分析 ないがしろ/矛盾暴く供述心理学/根拠のない自白信用

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「やりました、と自白すると裁判長でも、それだけで犯人と思ってしまう。大切なのは自白が細部にわたって真実であるかどうか見極めることなのに、裁判官でもそのことを忘れがちなのです」

足利事件(1990年)で2009年のDNA再鑑定により、無実が証明された菅家利和さんの弁護人の佐藤博史弁護士(69)は、そう実感する。細部は矛盾だらけの菅家さんの自白を裁判官は虚偽だと見抜けなかった。
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(2018年9月23日  成田嵩憲記者)

【24人の裁判官】(5)心の叫び響かぬ “鈍感”判事/“紙切れ”同然の扱い/居場所なくなる恐れ

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供述調書の一言一句を「迫真性に富む」などと強調し、その一方で、何年にもわたって家族に無実を訴え続けてきた手紙が裁判所に、まるで意味のない、“紙切れ”同然の扱いを受けるのは、おかしくないか。


「心からの真実の叫びに無感覚になってしまう方がおかしい。真実を追求するべき法律家が無感覚になっている時点で、法律家になっている意味がない」。そう言い切ったのは、足利事件(1990年)で〇九年のDNA再鑑定により、無実が証明された菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)だった。
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2018年9月30日 泰融記者)

【25人目の裁判官】シリーズでは、24人の裁判官が見逃した司法解剖鑑定書の誤りに、大阪高裁の25人目の裁判官は、なぜ、気づいたのかということに焦点を充てて報道しています。

【25人目の裁判官】(1)自由を奪った十七年前の棄却/審理の遅れ まず謝罪/熱心に資料を読み込む

真実は一つであり、裁判官によって判決が左右されるようなことがあってはならない。誰もがそう思うだろう。だが、悲しいかな、裁判官によって天と地の差が生じるのではないか。それが冤罪の場合には特に。
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「裁判長も相当な時間をかけて読み込み『これは無罪。救わないといけない』と考えたのではないか」。三者協議を重ねるごとに、その印象が強くなったという。
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(2018年11月4日 泰融記者)

【25人目の裁判官】 (2)“冤罪”へのわな との再会/DNA再鑑定を拒む/法廷でもうその自白

「決定は足利事件の経験が生かされてのこと。直接お会いして感じた後藤さんの人柄からも、それが分かる。今回は良い判断されたと思う」

足利事件で無実の罪を着せられた菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)は昨年十二月二十日、大阪高裁(後藤真理子裁判長=現東京高裁部総括判事)が西山美香さん(38)に再審開始の道を開いたと聞き、そう直感した。
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(2018年11月11日 泰融記者)

【25人目の裁判官】(3)「鑑定」の危険 論文で唱える/再審開始に「人柄」/自白の見極め困難

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任意の段階で菅家さんが認めたという「自白」が真実だとの思い込みを解くのは、どの裁判官にとっても簡単なことではなかった。それは、呼吸器事件の西山美香さん(38)が、逮捕前の「自白」を理由に、二十四人の裁判官に繰り返し「有罪」を突き付けられたのと、同じことでもある。

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(2018年11月18日 泰融記者)

【25人目の裁判官】 (4)「自白」のうそ 生きた戒め/過信が生んだ強引さ/県警「都合の可能性」

呼吸器事件には、足利事件との共通点がいくつかある。当初の鑑定の誤り、家族に無実を訴える手紙、そして「逮捕前の自白」だ。

「菅家さんの場合は、ただ自白しただけでなく、裁判になっても認めていた。無実の人でも認めてしまう現実を後藤さんは足利事件から学んだはず。その経験が今回の再審決定に生きたのでしょう」

菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)は、呼吸器事件の再審開始を決定した大阪高裁の後藤真理子裁判長(現東京高裁部総括判事)に、自白に対する大転換があったとみる。
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(2018年11月25日 泰融記者)

【25人目】の裁判官シリーズの次に、中日新聞の取材班は、【冤罪の解き方】シリーズを展開している。6本の記事を書いていたのは、泰融記者。

(1)「説明可能な『うその自白』」では、刑事のでっちあげでも、確定した判決を再審請求で崩すのは容易ではないが、大阪高裁はどのように切り開いたのかを検証報道している。

(2)「鑑定もミス、権威を疑え」では、鑑定を妄信する危険性に言及し、24人の裁判官が司法解剖鑑定書の誤りを見逃したことや、検察側の鑑定を精査しない危うさを指摘している。

(3)「危うい『犯人』決めつけ鑑定」では、警察情報に流され、無実の人を冤罪のシナリオに意図的に誘導するものと警鐘している。


(4)「始めの一歩、死因に戻れ」では、冤罪に至ったのは、どのボタンの掛け違いかを検証し、誤った鑑定書が独り歩きした経緯を報道している。

(5)「再審決定文『イチロー級』」では、高裁の再審決定文の組み立て方に、司法関係者から賛辞が相次いでいることと、この決定文を出した裁判官を野球選手イチローの信念と同じものとして例えている専門家の話を紹介している。

(6)「暴かれた“筋書き”の破綻」では、大阪高裁の裁判官らが、弁護団でさえ気づいていなかった矛盾に気づき、検察のシナリオに齟齬が出たことを報道している。

次ページでは、中日新聞の取材班【検察の思考回路】シリーズを紹介します。

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