明治37年(1904年)1月25日付の滑稽新聞第65号で、明治のジャーナリスト、宮武外骨は大阪府水上警察署(当時)署長の収賄を報道した。この報道が官吏侮辱罪にあたるとして禁錮1カ月の判決を受け、控訴審では控訴が棄却された。外骨は控訴審判決を不服として、大審院(※明治時代の最高裁判所)に、「上告趣意書」を提出し上告した。しかし、その後、自ら取り下げて服役を決めた。というのも、控訴中の同時期に、3月23日付の滑稽新聞第69号の滑稽漫画が官吏侮辱罪にあたるとして、再び禁錮6カ月の判決を受けたからだ。外骨は一つ目の判決で服役し、二つ目では控訴することにした。顧問弁護士らの勧めもあり、赤い囚人服を着たまま出廷し、萩署長の収賄の事実を法廷で述べた方が世間に与えるインパクトが大きいと考えたからだ。5月7日に外骨は刑務所に収監された。

滑稽漫画が官吏侮辱罪、禁錮6カ月

↓下記は滑稽新聞・第69号の滑稽漫画。この記事で官吏侮辱罪の罪状で起訴され、禁錮6カ月の判決を言い渡された。滑稽新聞社は控訴した。

収賄の報道で有罪、服役/囚人服の姿を1コマ漫画に

↓下の絵は、明治37年6月22日発行の滑稽新聞・第75号に掲載された「宮武外骨の赭衣(赤い囚人服)」の一コマ漫画。

↓下の絵は、明治時代の赤い囚人服のイメージを生成AIが作成。イメージ画像です。

公判を振り返る「在獄日記」

控訴審の様子は、外骨が服役中のため、留守を預かる滑稽新聞社の社員らが裁判傍聴記録ともいうべき細かな描写で報道した。しかし、外骨が出所した後に服役中の出来事を振り返り報道した「在獄日記」の方が、外骨らしい筆致で公判時の様子が生き生きと伝わる。外骨自身が書いた滑稽公判を紹介する。

宮武外骨の在獄日記より/第1回公判

(明治37年)5月18日
大阪控訴審へ出廷のため午前6時堀川監獄第二課に連れて行かれ、同監獄の未決囚数十名と共に大阪控訴院裏の留置所に護送される。その護送の有様は、手錠を嵌められ編み笠を冠せられ数珠つなぎとなって堀川端に行き、船で裁判所の門前に着いたが、この時目玉を丸めて凝視する通行人は、日本一のこの癇癪男をも、強盗殺人等の悪漢と見ているだろうなと思った。
公判は午後に延びて2時頃ようやく開廷した。弁護士の伊藤秀雄氏、野平穰氏、白川朋吉氏等が出廷した。野平氏は、自分(※外骨)の赭衣姿を見て「よく似合っているなあ」と大笑いした。(当日の公判の大略は滑稽新聞・第73号に掲載したのでここでは省く)午後4時半頃に馬車で(※監獄へ)帰った。

滑稽新聞社の顧問弁護士らが、外骨の赤い囚人服姿を見て大笑いしている様子が目に浮かぶ。裁判の様子を劇場型にして、読者の興味を喚起する手法をとっている。第2回の公判の様子はさらに「滑稽さ」を増した。

宮武外骨の在獄日記より/第2回公判

(明治37年)6月1日 
第2回公判開廷にて大阪控訴審に至る。弁護士の伊藤、野平、白川、日野の4氏がそれぞれなかなかの弁論を述べた後、検事の何某(氏名不詳)が「被告は先に1か月半の刑を言い渡されたにも関わらず、再びこのような記事や挿絵を掲載したのは情状が軽くない。1か月半の刑では改心しないので、更に6か月の刑を言い渡す原裁判は正当である」という意味のことを論告したが、この「改心」の一言に、自分(※外骨)はいつもの癇癪が起きたので、板垣裁判長に対してこう言った。

「私は法律の罪人ではないです。腐敗している現社会が私を罪人とみて迫害しているだけです。滑稽な監獄に入って滑稽な生活をするのもまた一興で、今日は囚人服を着ていますが、私の頭の中にはひとつも改心すべきことはないです。6か月はおろか1年3か月の重刑に処せされても私はいつまでも以前の私です。元々、本件の控訴は私の本意ではないです。弁護士の勧めで、再び公廷で萩欽三の収賄事実を証明し、併せて、司法界、警察界の腐敗した現状を公衆に伝えようとしただけですが、既に今日多数の傍聴人にその証言と弁論を聞かしたので幾分の満足を得ました。それなので本件控訴はその判決を待たないで只今取消しします」

と自分(※外骨)が述べたら、裁判長は「控訴の取り下げは被告の気持ちであろうが、このような弁論が終わった後に控訴を取り下げると言うことはその気持ちのままにはいかないぞ」と法律条文の曖昧な言葉だった。次に検事が「オイ宮武、そう怒るな。お前を悪くいう者は本職より他に1人もいない。わしは職権で論告しただけであるから、控訴は維持しておくほうがお前の利益であろう」と検事が被告人を慰諭(※いゆ。落ち着かせる)するのは前代未聞の奇観だった。

自分(※外骨)はさらに裁判長に対して、
「控訴の取り下げを許してもらえないなら、刑事訴訟法の第52条に拠って、本日出廷の弁護士4名を私の共犯者として検事局に告発したいです。そもそも本件の記事や挿絵を掲載する前に、各弁護士の意見を聞きました。野平弁護士は『大いにやるべし』と言い、白川朋吉は『五十歩百歩だ。やりたまえ』と言い、伊藤秀雄は『遠慮なく書いてその蛮刑に服するがよい』と言い、日野國明は「だいたい有罪になりたいのか、無罪になりたいのか」と私に質問したので『有罪無罪は自分の胸中にない』と答えたら『それなら思う存分やるがよい』と弁護士それぞれが同じ意見でしたので掲載しました。この4名は犯罪を教唆した者なので軽くても刑法の従犯として論ずべき罪人です。この4名を監獄に打ち込んで大いに堀川(※監獄)を賑やかにしたいです。特に野平穰氏は私と同様に官吏侮辱罪の再犯になるので同じく重刑に処してほしいです。控訴取り下げを許すか、この4名を告発するか、いずれにせよ二者択一すべきです」

と滑稽的に陳述したら、裁判長が困り顔で「野平弁護士が言った特赦令の有無も調べなければならないから、控訴は取り下げしないでそのまま判決を待つのが利益であろう」と控訴取り下げを否認した。
外骨「公平正当な判決をしてくださるなら控訴を維持しておきましょう」
裁判長「検事の論告のいかんに拘わらず、元より正当の判決をする」
外骨「きっとですか。それなら控訴取り下げは見合わせます。つきましては善は急げという諺もあります。物事は長引くとその間に邪魔が入りますので、本日即決の言い渡しをしていただくことを希望します」
裁判長「そうはいかぬ。陪席判事も特赦令などについて法令を調べたいと言っているから、次の6日に判決の言い渡しをすることにしよう。邪魔が入ることなどない」
外骨「それでは致し方ありません。謹んでその日(※判決)を待ちます」

と述べて退廷した。このような面白い公判だった。裁判長が被告人の控訴取り下げに驚き、検事が被告人を慰諭し、被告人が弁護人を共犯者として告発の請求をするなどは、実に日本の裁判所では前例のない珍事だと評判になった。

控訴審の判決は刑を減軽/無罪は勝ち取れず

裁判長が6月6日に判決を言い渡すと話していたが、その通りの6月6日に控訴審の判決が出た。
判決は、禁錮3カ月。
禁錮6カ月の検察側求刑が禁錮3カ月になり、刑期を半分にした判決だった。外骨や顧問弁護士らが望んだ通りの無罪判決とはいかなかったが、検事局が求めた禁錮6カ月の刑を減軽するなど、裁判所としても、外骨のしつこさに「このあたりでどうだ」と、双方の間をとったような判決だった。

第2回の控訴審で野平弁護士が弁論した「滑稽な弁論」も効き目があったのかもしれない。野平弁護士のユーモアたっぷりの弁論も紹介する。

第2回公判時の野平弁護士の滑稽な弁論

「世の中に裁判官ほど辛い者はありますまい。たくさんな弁護士が1つ事で同じような愚論を述べ立てるのを聞いてやらなければならないという辛さは、実に諒察します。弁護士のほうでもわかったことをしゃべり立てるのは辛いが、しかしそれも職務であって、聞かなければならなくて、言わなければならない。あなた方もお辛いことでしょうが、舞踊公演でも見るつもりで聞いていただきたい。

今回の事件については、1か月半がすぐ6か月に飛びました。被告はそれでもこの判決に服すると言いました。なぜかというと、被告は真に裁判に心服しているのではなくて、むしろヤケクソです。それなので裁判所を信任しているのではないです。どうせ、ろくな裁判をしないから、どうなりとも勝手にしたらよいと言うのです。私(※野平弁護士)は、裁判所のためにこのことを痛嘆します。実に不埒千万な話で、国家のため甚だ体裁がよくありません。私はこんな被告人に刑を科するのは不必要だと思います。彼が入獄以前に開いた入獄送別会のようなものは、実に開闢以来例のないことで、その後の滑稽新聞毎号に入獄記念碑というのを掲げているような状態です。被告は寧ろこれ(※入獄)を名誉としているのです。これは全く被告の心に罪がないという確信があるからで、こんな者を監獄へ入れるのは国家経済のために不利益です。

また、(官吏侮辱罪の)記事についてですが、滑稽新聞第69号に掲載された漫画ですが、これが侮辱にあたるというのがさっぱりわかりません。私は『御警視殿』と書いているので侮辱とは思いません。御の上に殿がついているので恰も『御裁判官閣下』というのと同じで、寧ろ丁寧すぎた尊称です。私はこのくらいのことならば、十分被告は無罪といえるものと考えます。そうでなく、彼(※外骨)に反抗心を与えてしまいましたら、かえって大侮辱を起こすようなことはあるのではないでしょうか。これが考えものです。人が怒るからといってこちらも怒ってしまうのは、実際、未熟な話で、諺にも「腹が立つのは至らないから」ということです。判決はボートのような小さな心でなく、軍艦のような大きな心で下してほしいです。

今はちょうど、ここに棒が立っているのと同じで、有罪無罪のどちらでも倒せます。しかし、私は無罪のほうがよいと思います。刑の加重ということにつきましては、以前の不敬罪ウンネンのことは、あれは皇太后殿下の御大赦の折でしたかに消滅したことになっていると思います。それは調べればわかりますが、何しろ6か月はひどい。まづは2か月位が相場であり、そこを証拠不十分というところで無罪の判決であることを希望します。今日は何しろ小さい心を持っているべきではないです。大国民の襟度(※きんど。広い心)を持って裁判するべき時であるだろうと思います。だいたい(弁論は)これぐらいで終了します」

野平弁護士は、滑稽新聞の第69号の滑稽漫画について、収賄をしたとされる萩署長を描くのに、「御警視殿」と「御」の字を付けて、さらに「殿」まで書いているので侮辱罪にあたらないと弁論した。滑稽新聞は、洒脱で滑稽な言論空間で作られていた。