「調査報道の源流」を探るシリーズです。明治のジャーナリスト宮武外骨が書いた滑稽新聞の記事をそのまま掲載しています。
滑稽新聞様(ニ) 小野村夫(宮武外骨のペンネーム)
社会的動物である我々人類、誰とて衣食住の安逸を望まぬ者はあるまい。
その安逸を望む以上は、また、金銭を欲しがらぬ者はない。滑稽記者とてもまた同様である。しかし、その金を得ようとする者の手段に悪と善のニつがある。野口茂平も自活者であれば、春元重助氏も、また自活者である。正道を踏んで生活すべき世の中において、悪いことをしなければこの世が渡られぬという理由はない。されば、悪事をして金を得るよりは正善の手段で、社会を益し自己を益することをすれば大いに愉快であり気楽である。
然るに、今日の諸新聞社がユスリ、ハッタリ、ないし詐欺広告で一社を維持し一身を肥やそうとするのはなぜであろう。物の道理を弁じ、良心も備わり、理屈の100万ほどいえるような人間には不似合いのことである。
言葉を変えていえば「新聞社員の資格ある者ならば、悪いことをせぬでも一社を維持し一身を保衛することの出来そうな者である」。それが今日のような現状になって、新聞社員といえば世間の人たちがオジケたり擯斥するような境遇に堕落したのは、実に悲しむべきことである。
シテ何故このゴロ漢が日増しに増えるかというに、世間でコソコソ悪いことをするのは中々骨が折れる。然るに新聞社員になれば容易に金銭を強奪することもでき、公然詐欺広告屋の上前を取っても警察官や司法官はこれを咎めはせぬ。うまくやれば、萬朝報の黒岩周六のように、にわか紳士になることもできる。
というので、世間の少し文筆のある者や小才の利いた惰気連中が我も我もと新聞を起こしたり社員になったりして、遂に今日の有様である。たまたま、ナマナカ正直でやり通そうとする者があっても、ガワがガワであるから、とても一社一身を保持することはできぬ。それ故、終には悪魔の仲間入りをして、ユスリ、ハッタリ、イカサマ事をやるのである。
かような中へ飛び込んで、悪事をせずに一社を維持し社会を益ししようとするには並大抵の事ではダメである。非常の熱心と非常の胆力はいうまでもなく、極めて過激に極めて痛快な記事を載せると共に、自己は大いに清廉潔白を主とせなければならぬ。
自己が悪い事をしていて他社の曲事を攻撃しても、その寸効のないのは勿論、第一他社の悪漢どもが承知しない。必ず此方を反撃するに違いない。一度でもユスリがましき事をすれば一社の破滅と心得、いわゆる「主義一貫」でやらねばならぬ。それが利口である。結局大利益である。
もし、金銭をもって変節を頼みにくる悪物があれば、賄賂のはした金は貰わぬことにして、少なくとも何万円という金を出すならば、一社全体をその者に譲り渡してしまい、自己はその悪物の悪銭を利用して、さらに、大規模なる懲悪新聞を発行しようとの空想も起こった。
野口茂平・・・・・滑稽新聞紙上で、「肺病」の偽薬を販売している詐欺師と、宮武外骨が追及している人物
春元重助・・・・・野口茂平に金を踏み倒された薬問屋の主
萬朝報の黒岩周六・タブロイド判の日刊新聞を発行。スキャンダル・ジャーナリズムを先導した人物。
惰気・・・・・・・なまけ心。
曲事・・・・・・・ けしからぬこと。
何万円・・・・・・明治時代の1円は、現在の4千円から2万円ぐらいに相当する。明治30年頃、小学校の教員やお巡りさんの初任給は月に8~9円ぐらい
明治35年7月15日発行・第36号
~「滑稽新聞」は、毎週水曜日に掲載予定~
参照:滑稽新聞とは/コトバンクより
1901年(明治34)1月25日,宮武外骨が大阪で発行した雑誌型(A4判通常20ページ)の権力風刺新聞(月2回刊)。〈強者を挫いて弱者を扶け,悪者に反抗して善者の味方になる〉の発行趣旨のもと,権威をふり回す官吏,検察官,検事,裁判官,政治家,僧侶,悪徳商人,悪徳新聞に筆誅(ひつちゆう)を加え,詐欺広告やゆすりを告発するなど痛烈過激の記事を風刺画入りで満載したため,庶民の人気を集め,最盛期には8万部を発行したという。