明治のジャーナリスト、宮武外骨が明治37年(1904年)に大阪府水上警察署の署長の収賄報道をしたら、禁錮1カ月半と罰金の刑罰を言い渡された。その判決後も収賄追及の報道を続けた。

特に、同年3月23日発行の滑稽新聞・第69号で、水上警察署の萩欽三署長を漫画の主人公にしておちょくったことが、大阪府警察部のさらなる怒りを買ったのか、こちらも起訴された。4月18日の大阪地方裁判所の判決文は第69号の漫画のセリフの一つひとつが大真面目に引用されるという滑稽な内容になっていた。判決は「図画(※漫画のこと)及び記事はそれ自体において侮辱に帰するもの」と断じ、禁錮6カ月、罰金10円(※現在の貨幣価値で10万円)の量刑を言い渡した。さらに4日後の4月22日には第65号の大阪控訴院で控訴審の判決があり、控訴は棄却された。

検事正とのやりとりを詳細に報道

宮武外骨はこれらの判決を受けて、それならばと、1月28日に大阪地方裁判所検事局の手塚検事正から呼び出しを受けた際のやりとりを、4月26日発行の滑稽新聞・第71号で詳細に報道した。当時はもちろんICレコーダーはなかったが、一言一句、検事正とのやりとりを生々しく伝えた。当時の司法界の様子が、会話やりとりにより垣間見れる貴重な資料ともいえる。

宮武 外骨

警察部内の犯罪事件と警察部に依頼して捜査させたら、事実が挙がらないのはもっともです。どうして、最初の言葉通り、憲兵隊本部に依頼されなかったのですか?

手塚検事正

さぁ、その憲兵よ。お前も知っての通り何を言っても兵隊のことだから全て間抜けよ。憲兵が捜査に行く先々は警察の探偵係がみんな知っているので、憲兵隊へ捜査を頼んだことを嗅ぎだすとすぐに先回りして「憲兵隊が来たらかくかく言ってくれ」と頼んで歩くのである。これまで警察部内の犯罪行為の密告がある度に憲兵隊本部へ捜査を依頼したが、1度も事実を挙げてきたことはない。

それゆえ、私は池上警部長を信用して彼に親展書で捜査を命じた。検事局には経費がないから特別の探偵を置くことができない。やはり警察へ頼むしかないのである。捜査機関の不完全な現制度では警察部内の犯罪についてお前の満足するような検挙はできない。

記事中の註釈:外骨が検事正と1月28日に問答後、2月7日に憲兵隊本部で事実確認した

この憲兵隊云々のことは自分(※宮武外骨)は2月7日に順慶町の同本部に行って部長代理に面会して、検事正の言葉を述べ「何とか完全な捜査法を執ることができませんか?」と詰め寄った。

「私(※憲兵隊本部の部長代理)はここ(※憲兵隊本部)に就職して早6年になるが、警察部内の犯罪行為について捜査を依頼されたことはただの一度もない。憲兵が果たして間抜けか否かは1回も依頼がなくてわかるものか。当部には警察の探偵等に勝る機敏な者を2人雇っている。警察内部のことにもよく精通している人物だ。今度の萩警視の収賄事件でも、当部に依頼があれば十分の捜査を遂げただろう。君が今度検事局へ行ったついでに、食わず嫌いでは困る。一度でも試みてご覧なさいと言っておくれ。検事正のその言葉(※憲兵隊が間抜け)は聞き捨てならないから、部長と相談して追って厳談に及びましょう」云々のこととなった。それゆえ、自分は検事局へ電話してその旨を伝言した。このことでも検事正の曖昧さは明らかだ。 

手塚検事正

であるから(賄賂品を)3日後に返したということになっている。今後、なお、(外骨が)過激なことを書けば、警察部から出てくる官吏侮辱の告発を起訴せねばならない。それではせっかく成功している滑稽新聞の不利益であるから次号には穏当に書いてもらいたい。
今朝も警察のほうから、早く起訴してくれ、なんで宮武をかわいがるのかなどやかましく催促に来たから、起訴不起訴は滑稽新聞の次号の記事を見てからのことだと言っておいた。穏当に書いてくれないと私が間に入っているので困る。

宮武 外骨

貴官は警察部にどんな情実があってそのようなことを言うのか知りませんが、自分は交換問題のようなことは好みません。穏当に書けば官吏侮辱罪の告発を起訴しないようにするというお言葉に及びません。実際、自分に官吏侮辱罪の悪意があるとおっしゃるのなら遠慮なく起訴しなさい。自分は自分だけの覚悟があります。

手塚検事正

それでは双方の不利益である。今、穏当に書いてくれても、お前の精神は十分に貫徹している。それというのも、大阪の警視である警察署長が犯罪嫌疑として検事正の呼び出しで尋問を受けるというようなことは今まで一度もなかった。それをお前の告発に重きを置いて、私は二度も萩(署長)を当局に呼び出して叱ったから、同人が恐れ入っているばかりでなく、私が萩(署長)を呼び出したことは即日、他の署長たちの耳にも入っているから、今後は大きな戒めにもなる。滑稽新聞の筆致の効力は十分に現れている。どうか、穏当に書いてもらいたい。

宮武 外骨

そうすると貴官は、萩警視は賄賂を取っていたが、警察部への捜査を依頼したために、3日後に返したという作り話の報告をしてきたのですね。それなら、滑稽新聞の記事は正当であると判定されるのですか。または、萩警視は断じて賄賂は取っていないし、滑稽新聞の記事も官吏を侮辱する悪意はなかったのですから不起訴であるとお考えなのか。第一の方ならお言葉に従い穏当に書きましょう。もし、第二であるなら自分は自分の思うことだけを書きます。

手塚検事正

いやそれは行政官の中には往々にして怪しい者もいて、萩(署長)の収賄も無実とは認められない。彼の行為に怪しい点が多々あったので二度も当局に呼び出したのである。

宮武 外骨

そういうことでしたら穏当に書きましょう。しかし、いつもの筆鋒もありますので、極端に穏当というわけにはいきません。滑稽新聞の記事としてはこれくらいのところが穏当であろうと思う記事にします。

手塚検事正

しかし、今日は胸襟を開いて話をしたのであるから、本官の迷惑になるようなことは書かないようにしてもらいたい。お前はずいぶんすっぱ抜く方だから、係や検事も「宮武に会うのは嫌だ、うっかりすると言質を押さえられてビシビシと書かれる」と怖気づいて会うのを嫌がったので、私が懇談をしたのだからそこは斟酌してほしい。

宮武 外骨

承知いたしました。いかに過激主義の自分でも、尋常の場合は公私の区別を混在させるような事は致しませんからご安心ください。この問答は一言一語たりとも虚構の点はないとし、もし手塚検事正が(※萩署長が)無実であると曲げるようなことがあれば、自分と手塚検事正とで法廷で争い、真偽の判定を受けましょう。

その後の顛末/「穏当」をめぐって法廷闘争へ

この問答の後、それでも次号記事について心配な手塚検事正が、書記官を通じて外骨に「次号の原稿を見せてほしい」と電話をかけてきたのでまだ書いていないと断った。こうして外骨としては、第65号は萩欽三(署長)収賄の事実の証拠を並べて追及するような記事でもなく、検事正との答弁も威厳を損なわないように穏当に書いたつもりだったが、検事正は「穏当でない」として滑稽新聞社に「取消請求書」を送った。

外骨としては、検事正が警察部に対する情実のため自分を犠牲にするのは不条理であると思いつつも、戦時中日露戦争)のことなので平穏に解決するため、官吏侮辱罪の公判の時に立証の請求をせず、公平な判決が下されるのを待つことにした。しかし、意外にも「有罪」の判決が出たので、問答やりとりを暴露して検事正を煩わせることはやむを得ないと、外骨はこれまでの経緯と思いを書いた。

手塚検事正について、外骨は最後の一文でこう書いた。
「ガラクタ新聞他紙)に厳正公明の手塚検事正と呼ばれた当人は、このようなあいまいな人間だった」

ウオッチドッグまとめ

ウオッチドッグ記者がまとめると、いわゆる悪事を徹底追及してきた滑稽記者と、司法官僚の手塚検事正とでは、それぞれが考える「穏当」の程度が異なっていたということだ。手塚検事正としては、いろいろと実情を話して「穏当」に書いてほしいと要求したのに、滑稽新聞№66では自身の実名を出しての問答やりとりが報道された。外骨としては、やりとりを簡略して№66に穏当に書いたつもりだったが、それを読んだ検事正は「話が違うだろう」と起訴に踏み切ったということだろう。実に興味深い両者のやりとりだ。

【参照】外骨は、明治37年2月15日発行の滑稽新聞№66の紙上で、「穏当な記事」として検事正とのやりとりを報道した。

【明治の調査報道】検事正と記者が応答/警察署長の賄賂報道をめぐり/宮武外骨「滑稽新聞」№56