ウオッチドッグは、大津市の市役所内で4月中旬に発生した、新型コロナウイルスの集団感染(クラスター)について、市がどのような対応をしたのか、市民に対して十分な情報を迅速に発信したのか、徹底検証する。

大津市は「感染拡大防止は適切に行われた」とする見解を、5月25日に市対策本部で公表した。ところが、ウオッチドッグのこれまでの取材では、市の対策本部は全く機能していなかった。会議をほとんど開催せず、国内外の情報収集やデータの分析もなく、市民に必要な情報も提供していなかった。会議の記録さえその都度、公表していなかった。市民の問い合わせに応じる専用の「コールセンター」も設置せず、「新型インフルエンザ等対策行動計画」(新たな感染症含む)に沿った対策をしていなかった。

市保健所による最終報告書では、「換気不十分や、デスク間隔の狭さ」など、本庁舎内の職場環境の問題も指摘されている。これは、市役所内の対策が遅れていたことを意味する。感染リスクが高い共有スペースのこまめな消毒や、手指衛生の徹底、「3密」を避けるなど、国や県が3月頃から啓発し、民間事業者では既に対策済みのことに、市は手をつけていなかった。中核市の自治体なのに、所管の保健所から指摘を受けて、5月になり、ようやく対策を始めたことになる。

自治体として、早期に取るべき対策をしなかったにもかかわらず、「感染拡大防止は、適切に行われた」と大津市は総括している。積極的疫学調査は、「今後の感染拡大防止を目的として行われる」(厚労省HPより)とされているが、役所クラスター発生の自治体が、正確な記録を公表しなければ、今後、市内でクラスター発生した時の参考にもならない。

具体的に検証していこう。

市は、本庁舎の閉鎖を決めた4月20日に県対策班へ調査依頼をした。翌21日に、県対策班3人による市本庁舎の現地調査(約3時間)と、2人による市保健所の聞き取りなどの調査が24日に行われた。

市保健所は、最終報告書の中で、感染拡大の要因として、3階と4階フロアは3月末まで同一部局であったこと、4月に2つの部局に分かれたこと、年度末に「部内挨拶式」が執務室で行われたことや引継ぎなどを挙げている。

ウオッチドッグは、県発表の感染者情報を基に、県対策班を取材したが、「感染経路は不明だった」としている。市保健所の見解とは別に、県対策班は「(3月末の)市職員間による外部での会食などは行われていない、という説明だったので、それ以上はわからない」と結論づけている。県調査報告書(抜粋)でも「会議や会食など3密環境となりえる機会を中心に聞き取りを行ったが、関連すると思われる機会を把握することができなかった」としている。

民間事業者と違い、役所は長期間閉鎖しても、自らの懐は痛まない。民間事業者にとっては、死活問題となる。クラスター発生したとき、最小限の影響にとどめるためには、どのような対策を講じたらよいのかを模索する必要性がある。正確な情報を記録し、対策を検証することは、市民の安全だけでなく、自治体職員、そして、家族の安全を守ることにも繋がる。自治体には、市民に信頼される対策と、根拠となるデータ、政策決定のプロセスなどを丁寧に公表し、説明する誠実さが求められる。

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ウオッチドッグ記者
今後のクラスター対策のためにも、ウオッチドッグが、これまでの対応を時系列にまとめました。市最終報告書と、取材記録を基に一覧を作成しています。
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ウオッチドッグデスク
手間と時間がかかる作業になりましたが、見えてきたことがいくつもありますね。
大津市役所クラスターと市の対応(市最終報告書と、取材記録を基に)

2020年6月2日 ウオッチドッグ作成

市人事課がパワーポイント(PPT)で作成した発表資料(以下、市PPT資料)に記載されている箇所を、ウオッチドッグ作成の上記資料に、太字にして入れた。市PPT資料に書かれていない職員の人数などは、ウオッチドッグの取材を基に書いた。市PPT資料の記載事項と、ウオッチドッグの取材で、ズレがあった箇所については、人事課に確認し、市資料に赤枠で書き入れた。市PPT資料の記載ミスや漏れを発見した。

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これまで、ウオッチドッグは、県ホームページを基に、10例目までの大津市職員感染者のデータを、症状や行動歴などを一覧に作成し、4月19日に、ウオッチ滋賀№42の中で報道しました。症状を書き入れ、出勤日(オレンジ)、確定日(青)にしました。
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さらに11例目を加えた一覧表が以下です。
県公表資料を基にウオッチドッグが作成した「市職員感染者データ」

2020年4月下旬、ウオッチドッグ作成
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同じ部で課が違う、2例目市職員の感染が確定したのは4月13日。さらに、同じ部で、1例目、2例目と課が違う、3例目市職員の感染が確定したのは14日。3例目の感染者がPCR検査したのは、13日となっていました。13日までに何らかの症状が出ていた建設部の職員もいました。この時点で、集団感染を疑うのは当然のことです。何らかの対策と調査が必要だったと考えられます。

しかし、集団感染の可能性が高まる中、市は、緻密な調査も、早期の対策もとりませんでした。手に負えない事態と思ったら、すぐ、県や専門家へ調査依頼するべきだったのに、20日になるまで動きませんでした。

↓2020年4月22日付・京都新聞

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4月20日になると11例目の市職員の感染が確定しました。さらに職員の家族も感染したと、京都新聞は4月22日に報じていました。大津市役所関連の感染者は20人にまで膨れ上がりました。県内感染者の約2割を、大津市役所関連が占めていたことになります。
2020年5月25日に市人事課が作成した、「対応策」のPPT資料

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今回の最終報告書が、「積極的疫学調査」の結果とするなら、本庁舎内の濃厚接触者が何人で、何人が検査を受け、どのような結果だったのかというデータを公表して、「これだけの濃厚接触者がいたから、本庁舎を閉鎖するに至った」と示すべきです。しかし、こうしたデータは示されていません。それすらも把握できない、疫学調査で追えない状態となってしまっていたとしたら、そこもきっちり書いて、全体の評価とすべきでしょう。

大津市役所クラスター発生について、県対策班は、国のクラスター対策班に報告も、相談もしていませんでした。ところが、県内の民間事業者のクラスター発生については相談していました。なぜ、「役所クラスター」を、国に報告しなかったのでしょう?
2020年5月25日に市人事課が作成した、「対応策」のPPT資料

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市の最終報告書では、「4月13日には、隣接する所属の職員が患者と診断され、職場におけるクラスターが疑われました」と書いています。しかし、ウオッチドッグのこれまでの取材では、4月13日時点でも、クラスター発生を疑うような情報は、市長も市保健所も、市ホームページ上で発信していませんでした。第3回の市対策本部の会議は、4月13日に行われましたが、そこでも「クラスター発生」を疑うような会議録の記載はありませんでした。市長が、役所クラスターに言及したのは、4月17日の会見です。この日までに7例目の感染が確認されています。
2020年4月14日の市保健所  保健予防課からのお知らせ/県の感染者情報にリンクしただけで、クラスター発生を疑うような記述も、対策も見当たらない

2020年4月13日の市対策本部会議の概要/対策本部会議の資料なのに1枚の「概要」のみ/クラスターを疑っているような記載なし

「大津市新型インフルエンザ等対策行動計画」/新型コロナウイルス感染症等の新感染症も含む/一部資料を抜き出し

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「大津市新型インフルエンザ等対策行動計画対策」は、タイトルが「新型インフルエンザ」となっていますが、新型コロナウイルスも対象です。その目的は、「感染拡大を可能な限り抑制し、市民の生命及び健康を保護する」、「市民生活及び市民経済に及ぼす影響は最小となるようにする」とされています。今回の大津市の対策と対応は、「行動計画」に沿い、この目的を達したでしょうか? 

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市行動計画によりますと、国が対策本部を立ち上げたときは、市は「危機警戒本部」を設置するとしています。2014年に策定した大津市の行動計画のケースでは、危機警戒本部の本部長は健康保険部を所管している副市長でした。

しかし、1月31日に設置した本部の名称は、「大津市新型コロナウイルス感染症危機対策本部」。そして、本部長は、佐藤健司市長でした。2人体制だった副市長が1人になったためと、特措法の実態に即した形で、「行動計画」を改定していなかったということでしょうか。

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対策の「基本的な考え方」には、常に新しい情報を収集することや、臨機応変な対応やらが書かれています。ところが……。

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留意事項には、対策本部による対策実態の記録の作成、保存、公表について言及していますね。でも、市が初めて、対策本部の記録を公表したのは、4月20日でした。それも、3月5日、4月8日、13日、17日の対策本部の会議資料をまとめて一気に出しました。それもたった1枚しかない「概要」の資料ばかり。お粗末な内容の資料を読んでも、どんな対策をしているのか、実態は把握できません。
海外発生期/「対策行動計画」より抜粋

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「行動計画」には、それぞれの社会状況に応じて、対策も示されてます。「海外発生期」の対策目的は、「市内侵入をできるだけ遅らせ、市内発生の遅延と早期発見に努める」としています。この時期には、国が示すQ&Aを参考として、市民に適切な情報提供を行うための「コールセンター」を設置するとしています。このコールセンターに寄せられた情報を、必要に応じて、国や県へ報告すると書いてます。情報を精査し、市民への次の情報提供に反映するとも書いてます。
県内未発生期/「対策行動計画」より抜粋

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国内で発生し、「県内未発生期」は、2月頃ですね。この時期は、対策本部の会議も開催していませんでした。
県内発生早期/「対策行動計画」より抜粋

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「県内発生早期」ですが、滋賀県の場合は、3月上旬にあたります。学校の臨時休業が行われました。しかし、この時期でも、大津市はコールセンターを設置しませんでした。海外発生期、県内未発生期の2月までは、大目にみても、ここで立ち上げないと。

初めての第1回対策本部が3月5日に開催されましたが、会議資料などは、市ホームページで公表しませんでした。
県内感染期/「対策行動計画」より抜粋

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「県内感染期」は、3月下旬から4月下旬頃までに該当すると考えられます。緊急事態宣言が出された時にも言及していますが、この時期でも「コールセンター」を立ち上げませんでした。

計画には、「あらゆる媒体と機関を活用し、国内外の発生状況と具体的な対策の決定プロセス、対策の理由、対策実施などをわかりやすくリアルタイムで、情報発信する」と書かれています。「リアルタイム」のはずが、大津市の情報発信は、驚くほど遅いし、対策についての説明もされてませんでした。
小康期/「対策行動計画」より抜粋

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現在は、「小康期」にあたります。この時期の対策の目的は「市民生活、市民経済の回復を図り、流行の第2波に備える」です。考え方として「第2波に備えるため、第1波に対する対策の評価を行う。情報収集を継続し、第2波発生の早期探知に務める」と書いてます。第2波に備えるためにも、対策の評価って大事なんですね。
参照:4月21日の佐藤市長の記者会見より(抜粋)

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4月21日の記者会見で、「われわれの感染拡大防止策に不十分な点があったということは、否定できないと思ってます」と佐藤市長自ら、市の対策の不十分さに言及していました。

しかし、1カ月後の市保健所の最終報告書では、「感染拡大防止策は適切に行われた」と変化していました。市長と保健所で、認識が違うのでしょうか?

それとも、1カ月後には、佐藤市長も「防止策は適切に行われた」という認識に変わったのでしょうか?  市対策は、「不十分だったのか」、それとも、「適切だったのか」、どちらなんですか? 佐藤市長は、市民に説明してください。
2020年5月25日に市人事課が作成した、「対応策」のPPT資料

2020年5月25日の市対策本部の会議で配布された最終報告書/「大津市役所における新型コロナウイルス感染症患者クラスター発生に係る積極的疫学調査」

参照資料/市、国、他中核市のホームページから

↓市ホームページ「市対策行動計画」から/「積極的疫学調査」について

↓感染症法第15条

↓厚労省のホームページから/疫学調査の目的

↓厚労省ホームページから/「積極的疫学調査実施要領について」/各保健所への事務連絡

たまたま、大津市と同規模「中核市」のホームページを調査していたら、明石市のホームページで「新型インフルエンザ等対策行動計画」の「改定」の変遷が掲載していた。わかりやすいので、参考まで。

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2020年3月9日の第1回明石市新型コロナウイルス感染症対策本部会議で配布された計6枚の資料の中に、総合相談ダイヤル(コールセンター)の開設に関するものがありました。

同時期の3月5日に、大津市でも、第1回対策本部会議を開催しました。1カ月後の4月20日に、ようやく大津市ホームページで公開しました。大津市民は、大津市対策本部の会議で配布された資料概要を読んでから、他自治体の対策本部の会議録を覗いてみましょう。

適切な対応をしていたのかどうか、比較検証できます。

2020年3月9日の明石市対策本部会議で配布された「資料4」から、総合相談ダイヤルについて書いている部分を抜き出しました。

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明石市の総合相談窓口の設置目的は、「市民に正確な情報を伝え、不安を解消する」でした。

自治体の記録と公表の仕方が全てを物語りますね。
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自治体で対応が分かれました。自治体の実力が、新型コロナウイルスによって露わになりました。